共感体質の人は、
相手に合わせることが呼吸みたいなもの。
無意識のうちに場の温度を察知し、
反射的にその場に馴染むキャラクターを演じてしまう。
でも、
時にその「合わせる力」が過剰に働き、
本来の自分の輪郭さえ
見失ってしまうことがあります。
自分という存在が、
誰かの期待を満たすためだけの
「空っぽな器」のように感じていたあの頃。
今回は、そんな“無意識の同調力”が暴走し、
心まで消耗してしまった
私の社会人デビューの黒歴史の話をすこし。
根明修行、社会人研修編
社会人になってすぐ、
私は「仕事はコミュ力だ」と信じていました。
でも、時にその「合わせる力」が
過剰に働くこともあります。
- 根明な人ほど出世する。
- 仕事するなら出世してなんぼ!
そんな幻想を真面目に信じた結果、
私は“笑顔の修行僧”になりました。
これが地獄のはじまりとは知らず・・・
私は根明の友だちを完コピし、
テンション・ノリ・語尾を徹底再現。
「たぶん彼女ならこう言う」
その方程式で会話を組み立て、
誰よりも明るく、
そして誰よりも疲れ果てて帰宅しました。
おかげで初対面は怖くない。
会話もスムーズ。
ただし、帰宅後の私は
無言で天井を見つめるだけの生命体。
宇宙と交信できそうです。
今思えば、
共感体質の“自動同調モード”が
勝手に暴走していたのだと思います。
相手のテンションに合わせるたび、
私の心のバッテリーは
下限を知らず減っていきました。
テンションを上げれば上げるほど、
どんどん静かになっていく心。
気分は、底なし沼に沈み続ける苔石。
ただ皮肉なことに、対人スキルは爆伸び。
- 某チェーン店にも負けない「スマイル」と
無気力「能面」の瞬間切り替え可能! - 居酒屋で隣り合った見知らぬ方の
全く興味のない話題でも盛り上がること可能! - 知り合いが一人もいないコミュニティーに
突然ぶち込まれても雰囲気を壊さず生還可能!
根明にはなれなかったけれど、
あの頃の私は、立派に社会に適応していた
——演技力で。
あとがき
今では、「明るく振る舞う」ことと
「自分を偽る」ことの違いが、
ようやく少しわかるようになりました。
周りの期待に応えようと
必死に笑顔の仮面を被り、
それが社会に適応するための
唯一の方法だと信じ込んでいたのです。
身の丈に合わない無理を続けた
あの過酷な時期があったからこそ、
私は自分の限界を知り、
“自分の心のペース”を知ることができたと
そう思っています。
根明修行における
私の黒歴史の全貌が気になる方は、
#58 根明修行の全記録
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