今の私は、
ブログで「省エネ」だの「凪」だのと
偉そうに語っていますが、
最初からこの境地にいたわけではありません。
むしろ過去の私は、
自分の性質である「共感体質」に気づかないまま、
真逆の人間になろうとして、
本気で泥臭い “修行” をしていました。
今となっては笑い話、
当時はいたって大真面目。
今回は、
私が人生のバッテリーを0%にしてすべてを失い、
そして「自分の取扱説明書」を手に入れるまでの
狂気と破滅の全記録をお話しします。
第一章 | 始まりは「コミュ力おばけ」への憧れだった
すべての原点は、私の弟でした。
私の弟は、
いわゆる「コミュ力おばけ」です。
「口から生まれてきた」
そう本気で言われるくらい
誰とでもすぐに仲良くなれる男です。
試験会場でたまたま隣になった子と
いつの間にか仲良くなり、
バス停で出会った初対面のおばあちゃんと
そのままご飯に行ってしまうような
そんなタイプ。
私は昔から、
他人への関心が薄いほうでした。
人を好きになるのに時間がかかるし、
ひとりでいることは全く苦にならない。
それでも、場の空気をパッと明るくできる、
「太陽みたいな人」に対して、
眩しい憧れを抱いていました。
学生時代は、
前に出てくれるリーダー格の子の隣に
私はそっと身を寄せていました。
私は観察し、
空気を合わせ、
微調整していればよかった。
そのポジションが一番居心地がよかったのです。
しかし、社会人になって
私は強烈な「行動信仰」に出会います。
- コミュ力こそが出世に繋がる。
- 行動量こそが成功の鍵。
- 性格は努力で変えられる。
私はそれらを本気で信じました。
「迷ったらやる」
「とにかく前に進む」
「変わろうとする人間は報われる」
そうすれば、
もっと生きやすくなるはずだ。
弟のように、
太陽みたいな人たちのようになれるはずだ。
私は、冒険者に憧れた少年のような無邪気さで、
自分の心に剣を突き立てました。
根明修行の、始まりです。
第二章 | 太陽の模倣と、絶対に破ってはいけないルール
私はまず、
「太陽みたいな人たち」を徹底的に観察しました。
なぜ人が集まるのか。
なぜあんなに楽しそうなのか。
見えてきた共通点は、
圧倒的な楽観、
尋常ではないフットワークの軽さ、
存在していない羞恥心、
そして
「いつも笑っていること」。
本当に、根っこから明るい。
私はそれを、才能だと思いました。
でも同時に、能力だとも思いました。
能力なら、
私にも装備できる。
自己啓発本にも
「成功者の行動を真似すれば成功できる」
と書いてあった。
それなら、
能力として装備すればいい。
主人公は努力で変わる。
行動が人を作る。
私は、
かぶれる仮面は全部かぶることにしました。
似合うかどうかは考えませんでした。
彼らと同類のフリをしなければ、
何も始まらないと思ったからです。
修行にあたり、
自分の中に「絶対的なルール」を課しました。
- 誘われたら絶対に断らない。
何時でも行く。 - 夜通し遊んでも、
翌日の仕事は絶対に休まない。 - 連絡は常に密に、即レス。
- 流行りのイベントは一通りすべてやる。
クラブ、飲み会、海、
フェス、キャンプ、スノボ、旅行。
だいたい制覇しました。
お金は気にしない、
将来の不安は語らない、
そして、
いつも全力。
楽しいフリ。
おしゃべりなフリ。
「わかる〜!」と同調するフリ。
集まること自体が楽しいフリ。
全部、フリでした。
でも、私は本気でした。
フリをしているうちは、
まだ自分の能力じゃない。
この仮面が皮膚と融合する瞬間を、
猫が虎に進化して、
それが自分の本物の毛皮になる日を、
ずっと、
ずっと待っていました。
心の奥で、
小さな声が囁いていました。
「これ、きつくない?」
でも私は、
完全に無視しました。
だってこれは、修行なのだから。
第三章 | 1Kの部屋と、玄関横での気絶
頑張れている、と思っていました。
成果も出ていました。
対人スキルは爆伸びし、
初対面でも盛り上げられるし、
どんなコミュニティにぶち込まれても
雰囲気を壊さず生還できるようになりました。
演技力で。
けれど、
体は先に止まってしまいました。
バッテリー切れは、
ある日突然やってきたのではありません。
少しずつ、
確実に削れていたのです。
当時の私は「頑張れている自分」が誇らしく、
限界に気づきませんでした。
当時住んでいた1Kの狭い部屋。
ベッドまであと数歩なのに、
たったその数歩が辿り着けない。
バッグを持ったまま、
玄関の横のフローリングで
そのまま意識を失うように気絶する。
翌朝、床の冷たさで目が覚める。
それでも
「まあいける」と煙草を吸って仕事へ行く。
胃腸は常に不調。
食事は適当。
お酒と煙草で
なんとか無理やりエンジンを回す日々。
人といるときはアドレナリンで元気。
でも、ひとりになると「無」。
何もできない。
部屋は散らかり、
心のカオスがそのまま空間に溢れ出ていました。
それでもちゃんと、
充電しているつもりでした。
しかし、本体が壊れかけているから、
充電器を挿しても%が上がらない。
どれだけ寝ても、
何をしても、
ずっとバッテリーは0%のまま。
いつも空っぽ。
そしてある日、
私は糸が切れたように仕事を辞めました。
「海外留学という、
小さい頃からの夢を叶えるため」
当時は前向きな決断の形をしていましたが、
今ならわかります。
あれは、ただの「逃げ」でした。
でも、あのときの私には、
もうその選択肢しか残されていなかったのです。
根明には、
なれませんでした。
心のどこかではずっとわかっていた事実を、
認めざるを得なくなった瞬間でした。
第四章 | 仮面の「スイッチ化」と、卒業
すべてを投げ出すようにして、
私は海外へと渡りました。
そこは、誰も私の過去を知らない世界です。
自分を偽るのは
そろそろやめようと思いました。
しかし皮肉なことに、
地獄の根明修行で身につけた
「過剰同調スキル」と「演技力」は、
言葉の通じない異国の地で、
最強の武器になりました。
明るく挨拶し、ノリを合わせ、場に溶け込む。
現地の人たちにはなれないけど、
文化を体験しながら学んだような感覚でした。
そのとき、ふと気づいたのです。
「ああ、これは私の皮膚にはならなかったけれど、
いつでも出し入れできる
『スイッチ』にはなったんだな」と。
私は太陽にはなれない。
それは生まれ持った性質が違うから。
でも、
必要に迫られたときだけ、
根明の仮面を「スイッチON」にして装着し、
用が済んだら「スイッチOFF」にして
いつもの静寂に戻ればいい。
頑張って自分を変える必要なんて、
最初からなかったのです。
自分の性質を否定して、
バッテリーをすり減らしながら
虎になろうとするのをやめたとき、
私の修行は
本当の意味で「卒業」を迎えました。
結び | 太陽にはなれないけれど、凪にはなれる
日本に戻ってきた私は、
もう無理にフェスに行くことも、
誘いを全部受けることもやめました。
コミュ力こそ成功の鍵、
という行動信仰からも静かに降りました。
今の私は、
相変わらず他人への関心は薄いし、
ひとりの時間が何よりの好物です。
でも、それでいい。
それが私のスペックだから。
あの過酷な破滅の経験があったからこそ、
私は「自分のバッテリーの減り方」を
誰よりも解剖できるようになり、
今のブログに繋がる
「省エネ運用」を考えられるようになりました。
もし今、あなたが
「もっと明るくならなきゃ」
「みんなに合わせなきゃ」と、
自分じゃない誰かになろうとして
ベッドに辿り着けないほど疲弊しているなら、
どうかその剣を置いてください。
太陽にならなくていい。
無理しなくていい。
自分の心に、
誰にも邪魔されない
静かで穏やかな「凪」の海を持って生きる。
私はそんな毎日が
わりと気に入っています。
いかがだったでしょうか?
私の今となっては笑える黒歴史。
恥ずかしくもあり、
私の原点でもあります。
あの暗黒時代がなければ、
このブログもなかったかもしれません。
人生、七転び八起き。
私は今日もゆるっと生きてます。