最近、目覚ましが鳴っても、心がゆっくりしたまま動けない朝が続いていました。
「起きなきゃ」と思っているのに、体の奥にふわっと重さが沈んでいく感覚。
休みの日は自然と早起きできるのに、仕事の日だけどうしてこうなるんだろう?
そんな“朝の重さ”の正体は、もっと別のところにありました。
それは、知らないうちに自分へ向けていた言葉――
「がんばれ」の積み重ねが、心をきゅっと締めつけていたことに気づいたんです。
「がんばれ」という言葉を、私は当たり前のように自分に向けていた
日記を見返すと、私はよくこんなふうに書いていました。
「がんばれ私」
「甘えるな」
「人間やればできる」――。
たしかに、この言葉で奮い立った朝もありました。
でも、疲れているときほど、この言葉はまるでムチのように響いてしまう。
「やればできるでしょ?」
「もっと動けるでしょ?」
と、自分に圧をかけているような感覚が、静かに積もっていったのです。
ある日の朝、ふと涙が出ました。
理由はわからないけれど、張りつめていたものがふっとゆるむような涙でした。
そのとき、ようやく気づきました。
私はずっと、自分に厳しすぎていたんだ。
「がんばれ」は励ましじゃなくて、“自分の心を急かす言葉”だった
本来「がんばれ」は優しい言葉のはずなのに、
疲れている自分にとっては、ただの「前へ行け」という指示になっていました。
・やる気がない=ダメな自分
・動けない=弱い自分
・休みたい=怠けている
そんなふうに、知らないうちに“朝の自分”を責めていたのだと思います。
仕事の日だけ朝が重いのは、怠けているからじゃなくて、「自分にムチを入れて起きる」ことに疲れ切っていたから。
朝の重さは、心の重さだったんです。
言葉を変えたら、朝の空気がすこしやわらいだ
それから私は、朝に言う言葉を変えてみました。
「大丈夫」
「ゆっくりでいいよ」
「今日はどんな朝かな?」
たったこれだけのことなのに、不思議と息がしやすくなりました。
起きるまでの時間がすぐ変わるわけではないけれど、
心の針が“急かしモード”から“やわらかモード”へ移動するような感覚。
目覚ましが鳴った瞬間、
自分に優しい言葉が届く朝は、それだけで違うんです。
小さな変化でも、朝は確かに変わり始める
朝のしんどさって、劇的に良くなるわけじゃないからこそ、「変わってるのかどうか」わかりにくいんですよね。
でも、優しい言葉で始まる朝は、ほんの少しだけ、世界が静かになります。
その“少し”が積み重なると、気づいたときには朝の重さが減っている瞬間がやってくる。
やさしい朝は、自分との関係を変えるところから始まる
朝は、その日の“最初の一言”が心に深く残ります。
その言葉がムチなのか、よりそう言葉なのかで、1日の体感は大きく変わる。
「がんばれの呪い」をそっと手放して、
“ゆっくりでいいよ”と声をかけてあげるだけで、
朝はすこしやわらかくなります。
そして最近、私は朝の“心の準備”を、AIに手伝ってもらうようになりました。
次の記事では、朝が重い日に、AIにどんなふうに心を整えてもらっているのかをお話しします。

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