「なんで私だけ、こんなにすぐ疲れるんだろう?」
昔からずっとそう感じていました。
体力がないわけでもないし、
特別に弱いわけでもありません。
それなのに——
人と話しただけでじわっと重くなる。
外出後に「ふー」と座り込んでしまう。
予定が続くと、一気にエネルギーが薄くなっていく。
そんな疑問に答えてくれたのが、
“心のバッテリー”という考え方でした。
私は疲れやすいのではなく、刺激を拾いすぎて、
バッテリーの減りが早いタイプだったようです。
今回は、その仕組みを少し言葉にしてみます。
なぜ、人より疲れやすいのか?
最近になって、ようやく気づきました。
私が疲れやすいのは、
「敏感だから」でも「弱いから」でもなく、
ただ単に“処理している情報量が多すぎるから”。
人の表情、声のトーン、間、気配。
空間の明るさ、音、視覚情報。
会話の裏にあるニュアンスまで拾ってしまいます。
全部が一気に流れ込んでくるので、
脳が常にフル稼働になってしまいます。
そりゃあ疲れますよね、という話です。
心のバッテリーは“刺激量”ではなく「処理量」で削られる
共感体質の人のエネルギー消費は、
「刺激が強いか弱いか」よりも、
裏側でどれだけ処理が走っているかで決まります。
これを、
スマホのバックグラウンドで動くアプリに
例えてみます。
たとえば、普通の人にとっての「会話」は、
ひとつのアプリを起動している感覚に近い。
一方、共感体質の人の「会話」では、
表では同じ会話アプリが動いていても、
裏側では同時にいくつもの処理が走っています。
・相手の表情や声色の解析
・場の空気の読み取り
・言い方が適切だったか
・過去の似た場面の記憶照合
自分では、「会話をしているだけ」のつもりでも、
実際には複数のアプリが同時に起動している状態。
だから、気づかないうちにCPUが熱を持ち、
あとから一気にバッテリーが減った
そう感じてしまうのです。
スマホのバッテリーが、
同時に動かしているアプリの数で減っていくように、
心のバッテリーも、
裏側で走っている処理量に左右されます。
「疲れた=弱い」という思い込みを手放します
長い間、「疲れやすい=根性が足りない」
そう思い込んでいました。
でも、そうではありませんでした。
疲れる理由は——
・気づきすぎる
・考えすぎる
・拾いすぎる
・処理しすぎる
という、単純な“処理量の問題”です。
弱いから疲れるのではなく、
むしろ観察力・感受性・気配センサーが優秀すぎる
だから疲れてしまうのだと思います。
そして処理量が多い人ほど、
休むのが下手になりがちです。
「まだいけるかも」
と無理をしてしまうことも多いです。
バッテリーを守るための「刺激フィルター」
共感体質の場合、疲れないための鍵は、
「刺激を直接受けない仕組みづくり」にあります。
刺激フィルターの例
【音フィルター】
ノイズキャンセリングイヤホン・静かな空間を選ぶ
【人フィルター】
会う頻度を下げる・距離をつくる
【情報フィルター】
通知をオフにする・スマホを見る時間を決める
【予定フィルター】
予定は1日に1つまでにする
【視線フィルター】
人通りの多い席や、視線が集まりやすい場所を避ける
こうしたフィルターを少しずつ増やしていくことで、
心のバッテリーの減り方は、かなり変わってきます。
AIに“処理の一部”を任せるという選択
共感体質が疲れやすい理由は、
脳が常に情報を処理しすぎているからでもあります。
だからこそ、処理の一部をAIに任せることで、
バッテリーが劇的に長持ちします。
例えば、こんな使い方があります。
【頭がうるさい日】
AIに「脳内メモ」として、
頭の中のことを丸ごと書き出してもらう
【考えがまとまらない日】
AIに5分だけブレスト相手になってもらう
【予定がパンクしそうな日】
AIにタスクを小さく分解してもらう
【情報疲れの日】
AIに「今日のまとめ」を1行で作ってもらう
こうした使い方をすると、
「全部自分で考えて整理しなきゃ」という負担が
けっこう減っていきます。
心のバッテリーを守るためのひとつの選択肢として、
そっと横に置いておけると心強いです。
おわりに
疲れやすさは“弱さ”ではなく、
ただのバッテリーの消耗スピードの問題です。
刺激に気づけることも、
人の気持ちを察せることも、
空気を読み取れることも、
すべて“高度センサー”による働きです。
だからこそ、
守る工夫が必要なだけなのだと思います。
刺激フィルターを育てて、
余白をつくって、
処理しきれない時は、AIにそっと任せてみる。
それだけでも、
心のバッテリーの減り方は変わってきます。
「なんで私だけ疲れるんだろう?」という疑問が、
少しでも「そりゃあ疲れるよね」
そんあ納得に変わりますように。
その小さな納得が、
自分へのやさしい第一歩になるといいなと思います。