たぶん、
3年目くらいだったと思います。
指導者としての役割に疲弊しながら、
同時に、
別の役割も引き受けるようになっていました。
整えることは、もともと好きだった
私は、
もともと環境を整えるのが好きです。
というより、
自分の頭の回転が速くないと思っていたから、
どうにかして、
迷わず動ける状態を作りたかった。
整えることは、
余裕の表現というより、
生き延びるための工夫に近かったのだと思います。
・いつでも取れる位置
・使う頻度による配置
・取りやすさ、戻しやすさ
・似た器具の精査と使い分け
そういう工夫は、
最初は完全に、
自分ひとりのためのものでした。
いつの間にか、範囲が広がっていた
気づけば、
自分の枠を超えていました。
部署内の環境整備を任され、
さらに、
他部門との調整にまで発展する。
誰かに正式に頼まれたわけではありません。
「好きに整えていいよ」
「みんなが使いやすいようにね」
そんな、
ふんわりとした了承だけがありました。
淡々とこなしていた理由
正直に言うと、
当時はしんどかったです。
指導者としての消耗の上に、
さらに役割が乗ってくる。
でも、
相談できる人はいませんでした。
私と似たタイプの人もおらず、
困っていることを言語化する余裕もなかった。
そもそも、
「役割が増えている」と認識する言葉も、
当時の私は持っていませんでした。
だから私は、
感情を切り離して、
淡々とこなしていたのだと思います。
役割は、評価と一緒に固定される
環境が整うと、
仕事は回ります。
結果として、
「助かっている」
「やりやすくなった」
そう言われることもありました。
でもその裏で、
環境整備係という役割は、
静かに固定されていきました。
今なら、別の見え方がある
振り返ると、
調整力はかなり伸びたと思います。
スケジューリングや、
全体を見渡す力も、
確実に身につきました。
ただ、
当時の私には、
余裕がなさすぎました。
役割を選んだというより、
役割に吸い込まれていった。
これもまた、
勝手に割り振られた役割だったのだと思います。
引き受けたつもりはなく、
気づいたら、
そこに立っていた役割でした。