#39 自分を「運用」するという考え方

共感体質シリーズ第4章のアイキャッチ画像

少し前まで、
私はよく思っていました。

「この体質、どうにかならないかな」と。

音に敏感なこと。
反応が遅いこと。
考えすぎてしまうこと。

どれも、
生活の中で地味に困ることばかりで、
できれば減らしたい。
できれば治したい。

でも、どれだけ工夫しても、
思うようにはいきませんでした。


「治そう」としていた頃

今振り返ると、
あの頃の私は、
共感体質そのものよりも、

「理想の自分像」になれないことに、
焦っていたのだと思います。

もっと素直で。
もっと明るくて。
コミュニケーション能力が高くて。

そういう人になれたら、
この生きづらさは、
なくなる気がしていました。

だから、
努力の方向も、
少しずつズレていった。

体質を理解するより先に、
仮面をかぶる練習をしていた。

その仮面が、
「できているように見える自分」だったのも、
余計にややこしかった。

その結果、
何が得意で、
何が苦手なのか、
自分でもよくわからなくなっていました。

共感体質は「欠陥」ではなかった

第3章で書いてきたことは、
どれも、「治すべき欠点」の話ではありません。

音が気になるのも、
気配に敏感なのも、
考えが深くなりやすいのも、

そういう特性を持った脳の構造でした。

問題だったのは、
その体質を、
ノーメンテナンスで使い続けていたこと。

高性能だけれど、
扱いが難しい。

そんな性質を、
「普通に使えるはず」と思い込んでいました。

「運用する」という言葉に落ち着いた理由

改善でも、
克服でも、
治療でもない。

いろいろ考えた末、
私の中でしっくりきたのが、
「運用する」という言葉でした。

自分を、
感情で評価する対象ではなく、
一つのシステムとして扱う感覚。

うまく動かない日があっても、
「私はダメだ」ではなく、
「今日は負荷が高かったな」と
そう考えられるようになりました。

調子が悪ければ、
故障ではなく、
設定や負荷を見直す。

そう考えるようになってから、
自分を責める時間が、
かなり減りました。

第4章でやってきたことは、すべて「運用」だった

ここまでの実践は、
どれも性格を変える話ではありません。

先回りをやめる。
回復の時間を先に確保する。
ズレを定期的に確認する。

どれも、
共感体質をやめるためではなく、

削れずに使い続けるための調整でした。

できない日があっても、
全部が台無しになるわけではない。

運用は、
完璧を前提にしません。

大事なのは「正しさ」より「持続」

ちゃんとできているか。
理想に近づいているか。

そういう基準で測ると、
共感体質は、
いつも不足気味になります。

でも、
長く続いているか。
壊れずに回っているか。

その視点で見ると、
判断はずっとシンプルでした。

少し不格好でも、
止まらずに動いているなら、
それでいい。

自分を責めない視点を、手に入れた

共感体質は、
治す対象ではありません。

うまく扱えない日は、
能力不足ではなく、
疲労か、設定ミス。

そう考えられるようになったことで、
生き方は、
ずいぶん静かになりました。

自分をどう評価するかより、
どう扱うかを見る。

それが、
私にとっての「自分軸」だったのだと思います。


次回予告

次回は、
第4章のまとめとして、
今の生活そのものを振り返ります。

完成しているわけでも、
正解を掴んだわけでもない。
それでも、
私は、私として生きていく


ひとつ前の章が気になる方は、こちらもどうぞ。