当時は、
「ちょっと事故りやすい同僚」
くらいに思っていました。
でも今振り返ると、
私はこの関係の中で、
橋渡し役という役割を
引き受けていたのだと思います。
解釈がズレると、事故は起きる
彼女は、
根本的にはとても善良です。
誰かのためを思い、
良かれと思って行動するタイプでした。
ただ、
その善意が必ずしも良い結果に結びつくとは
限りませんでした。
彼女の最大の難点は、
上司の意図や空気の読み取りが、
少しズレる。
特に、
アンビバレントな上司の地雷を、
わりと正確に踏みにいく。
彼女に悪意は一切ありません。
純粋に誰かを思って行動してくれています。
でも結果として、場が荒れる。
今思えば、
彼女は距離感も少し近めで、
距離バグ要素もあったのだと思います。
私が引き受けていた調整
気づけば私は、
緩衝材のように
その間に立つようになっていました。
アンビバレント上司と彼女の間で、
言葉を整える。
タイミングを調整する。
彼女が事故らないように、
仕事の流れを先に組み替える。
そして、
彼女がやった仕事を、
あとから確認する。
誰かに頼まれたわけではありません。
でも、
そうしないと場が回らなかった。
それは「役割」だった
当時は、
フォローしているだけだと思っていました。
同僚が困っているなら、
手を差し伸べるのは当然のことだと。
でも今、冷静になって振り返ってみると、
それはあまりにも浅はかだったと痛感します。
これは、
誰かに求められたわけでも、
望んで引き受けたわけでもない、
気づけば背負っていた役割でした。
本人が引き受けるべき調整を、
私が代わりに担っていた。
そしてそれが、
私を静かに摩耗させていたと、
ようやく気づいたのです。
調整役を降りたあと
正直に言うと、
もう疲れました。
今は、
「勝手に事故ってくれ」
くらいの距離感でいます。
調整役は、降りました。
ただ、
事後確認だけは続けています。
そこを放置すると、
最終的な被害が、
自分に返ってくるからです。
これはやさしさではなく、
被害を最小限にするための判断です。
役割を降りるという選択
全部を背負い込み、
他人の問題まで引き受けなくてもいい。
でも、
自分に被害が及ぶ部分だけは守る。
それが重要です。
他者を切り捨てるわけではなく、
過度な共感による消耗を防ぐ。
今の私は、
自分を守る防衛ラインとして、
そういう線の引き方をしています。
橋渡し役を、
引き受け続けない。
それもまた、
立派な攻略だと思っています。
※当時の出来事を、
そのままの視点で書いた記事はこちら。
→ 事故りがちな解釈ズレ同僚の話