「距離を取るのは冷たい」
「線を引くのは申し訳ない」
そんなふうに思って、
無理に近づきすぎてしまうことがありました。
でも今は、はっきり思っています。
境界線は、関係を壊さないためのやさしさだと。
仲の良さと、距離の近さは別物
仲が良いから、なんでも共有する。
仲が良いから、いつでも会う。
仲が良いから、全部受け止める。
そう思っていた時期もありました。
でも実際は、
仲の良さと、距離の近さはイコールではありません。
距離が近すぎると、
気を遣いすぎたり、背負いすぎたりして、
関係そのものが苦しくなることがあります。
私の場合は、
距離が近いというより、
相手に合わせて自分を作り替えていた感覚でした。
いわば、その人に合った
“仮面”を被っていたような感じです。
そのため、無理をしている自覚がないまま、
消耗していたんだと思います。
だから私は、
「仲良くいるために、距離を選ぶ」
という考え方に切り替えました。
ラベリングは、相手を縛るためのものじゃない
ここで言うラベリングは、
相手を決めつけるためのものではありません。
私にとってのラベリングは、
「この人とは、こう関わると消耗しにくい」
という、関係の取扱説明書のようなものです。
- 深い話はしない人
- 短時間で会う人
- 大人数では関わらない人
こうした線引きは、
相手を拒絶するためではなく、
関係を長く続けるための調整です。
線を引くのは、逃げではなく選択
境界線を引くと、
「逃げている」「向き合っていない」
と言われることもあります。
でも、共感体質にとっては、
無防備に向き合い続けることの方が危険でした。
自分のエネルギーが削られきった状態では、
やさしくも、誠実にもいられない。
だから私は、
先に線を引くことを選びます。
それは逃げではなく、
自分を守りながら関係を続けるための選択です。
境界線は、関係を切らないためにある
何も考えずに近づいて、
限界まで我慢して、
ある日突然、関係を断つ。
それよりも、
最初から適切な距離を保つ方が、
ずっと誠実だと感じています。
境界線は、
人を遠ざけるための壁ではなく、
関係を安全に保つための柵。
私はそう捉えるようになってから、
人間関係で消耗することが、
ぐっと減りました。
おわりに:境界線というやさしさ
共感体質の私にとって、
境界線を引くことは、
冷たくなることではありません。
自分を守り、
相手を責めず、
関係を壊さないためのやさしさ。
今日も私は、
仲良くいるために、
距離を選びながら生きています。
次回予告
次回は、
他人の課題をどこまで引き受けるか。
「それは私の仕事?」という
線引きについて整理します。
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