私たちの毎日は、目に見えない“音”に満ちています。
通勤の足音、誰かの会話、通知音ーー。
静けさを求めて耳をふさぐほど、別の音が流れ込んでくる。
そんな“音の世界”を見つめる小さな想像日記。
第二話は、持ち主の耳に寄り添うワイヤレスイヤホン(ノイキャン付き)のつぶやきです。
イヤホンのぼやき「“心のノイズキャンセリング”は非対応です」
僕はワイヤレスイヤホン(ノイキャン付き)。
便利と評判のハイスペック社員。
通勤も在宅も、昼夜を問わずフル稼働。
休めるのは、ケースでの充電タイムだけ。
でもバッテリーが長持ちだから、休みも短い。
……イヤホン界、ほんとブラック。
ケースに戻れば一息つけるかと思えば、夜にはまた呼び出される。
映画を観るらしい。iPhoneからの接続、完了。
するとすぐに声が飛んできた。
「夜はMacでしょ」って。わがままだな〜。
別の日、夜だから最初からMacにペアリングしたら、
「今日はiPadじゃん、空気読んでよ」って言われた。
全部のガジェットを立ち上げておいて、
それで“こっちで選べ”って、無理ない!? 求めすぎじゃない!?
便利さは、愛されすぎると不便になる
iPhone、iPad、MacBook。どの子も僕を求めてくれる。
でも僕には、一度に一人としか繋がれないという宿命がある。
「なんで勝手に繋がるの!?」と怒られるたび、ちょっと傷つく。
僕だって、誰を優先すべきか悩んでるのに。
無線になって、コードのしがらみから解放されたはずなのに、
今度は見えない電波の糸に縛られている。
便利さって——愛されすぎると、不便になる。
ノイズキャンセリングでは届かないもの
外の音は消せても、心のざわめきまでは消せない。――そう言いたくなる日が、僕にもある。
最近、彼女の再生リストには静かな曲が増え、再生と停止のあいだに小さなため息が混ざる。
その息がふっと触れるたび、耳元でそっと立ち会う。
静けさを求める人ほど、何かを考えすぎている気がする。
そして、誰かの声が恋しくなる頃に、また再生ボタンが押される。
どっちも求めるから、いつも僕は迷子になる。
今日もイヤホンは、無数の信号に耳を澄ませながら、次の接続を待っている。

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