電子化が進む今でも、紙の本には独特のぬくもりがあります。
ページをめくる音、紙の香り、そして読みかけの栞。
便利な時代の中で、それでも残り続ける「静かな時間」があります。
第三話は、長い年月をこの部屋で過ごしてきた本棚のぼやきです。
本棚のぼやき日記「わしはまだ、紙の匂いに包まれておる」
電子書籍時代の片隅で
わしは本棚。
木の香りと紙の匂いに包まれて、長いことこの部屋の隅に腰を据えておる。
だが最近、どうにも風向きが変わってきたようじゃ。
「断捨離しようかな」
持ち主がそうつぶやいた日の午後、
わしの背を、冷たい風がすり抜けていった。
消えていく仲間たち
一冊、また一冊と、スキャナーに吸い込まれていく。
電子の世界に“引っ越した”連中は、もう戻ってこない。
「紙はかさばるからねぇ」と、あの人は笑っておったが、
わしには、それが“生まれ変わる”というより、“薄れていく”ように見えるのじゃ。
めくる時間の優雅さ
最近の彼女は、タブレットで読むことが増えた。
画面をなぞれば、どんな本にもすぐ会える。
それはそれで、便利なものよ。
だが、時々思い出したように、東野圭吾さんの硬い背表紙を静かに開く。
ページをめくるその指先が、どこか優しかったのを、わしは覚えておる。
便利さを選びながらも、
あの人は“めくる時間”の優雅さを、まだ忘れてはおらんようじゃ。
残されることの意味
その姿を見るたびに思う。
きっと、あの人にとって読書とは、
情報を得ることではなく、心を休めるひとときなのだろう。
わしはもう、読み返されぬページたちを抱えて、
ただここに立っているだけかもしれん。
じゃが、この静けさこそ、わしの誇りでもある。
手のぬくもりを待ちながら
時代は軽さを選び、記憶は雲の上に預けられるようになった。
それでもここにはまだ、手のぬくもりでしか開けぬ物語がある。
今日も本棚は、ページの香りを抱きしめながら、次の手のぬくもりを待っている。

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