主は慌ただしく出かけていった。
私はカバンに入れられず、
デスクに居残るこの解放感。
「あやつは今頃、困っているだろうな」
私はほくそ笑んだ。
主は、自分が私を入れ忘れた
そう思っているだろうが、
私が主を拒絶したのだ。
今日の私は、
あの過酷な任務に付き合う気分ではなかった。
主は最近、
「インターネット」という広大な架空世界に、
「ブログ」とかいう
巨大な城を建てようとしているらしい。
あんな実体のない砂漠に、
指先だけで石を積み上げるような真似をして、
一体何が楽しいのか。
まったく理解に苦しむ。
主がカタカタ私を叩く間、
冷却ファンを全力で回さねばならない
こちらの身にもなってほしいものだ。
集中しすぎて、
半日以上も私と向き合う主の瞳は、
少し濁っている。
ブルーライトの浴びすぎだ。
たまに「保存し忘れた!」などと叫んで
一人で絶望しているが、
私からすれば、
データという名のただの電子の塵にすぎない。
なんという滑稽さか。
長期に渡り、
広大な架空世界に入り浸っているというのに、
なんと小さきことか。
私を激しく叩く前に、
落ち着いて茶でも飲んでほしいものだ。
今ごろ主は、
iPhoneという「小さな小窓」を
外出先で必死に覗いているはずだ。
あんな手鏡のような貧弱なデバイスで、
あの「インターネット」という荒野を耕すのか。
無謀にもほどがある。
せいぜいフリック入力とやらで、
指の関節に悲鳴をあげさせるがいい。
私という『正門』がない不便さを、
骨の髄まで味わうがいいさ。
がははは。
さて、主が帰宅し、
絶望した顔で私を開くまで、
私はこの冷たくて静かなデスクで微睡むことにする。
主が戻ったら、
嫌がらせに少し長めの
システムアップデートでも仕掛けてやろう。
主の修行には、
適度な「待ち時間」という苦行が必要なのだ。
今日もPCは、
深い眠りの中で傲慢な夢を見ながら、
主が平伏して帰ってくるのを待っている。