電子化が進む今でも、
紙の本には独特のぬくもりがあります。
ページをめくる音、紙の香り、
そして読みかけの栞。
便利な時代の中で、
それでも残り続ける「静かな時間」。
今回は、長い年月をこの部屋で過ごしてきた
本棚の想像日記です。
わしは本棚。
木の香りと紙の匂いに包まれて、
長いことこの部屋の隅に腰を据えておる。
だが最近、
どうにも風向きが変わってきたようじゃ。
「断捨離しようかな」
主がそうつぶやいた日の午後、
わしの背を、冷たい風がすり抜けていった。
一冊、また一冊と、
スキャナーに吸い込まれていく本たち。
電子の世界に“引っ越した”連中は、
もう戻ってこない。
「紙はかさばるからねぇ」
主はそう笑っておったが、
わしには、それが
“生まれ変わる”というより、
“薄れていく”ように見えるのじゃ。
最近の主は、
タブレットで読むことが増えた。
画面をなぞれば、
どんな本にもすぐ会えるらしい。
便利なものよ。
だが、時々思い出したように、
お気に入りの硬い背表紙を静かに開く。
ページをめくるその指先が、
どこか優しかったのを、
わしは覚えておる。
便利さを選びながらも、
主は“めくる時間”の優雅さを、
まだ忘れてはおらんようじゃ。
その姿を見るたびに思う。
きっと、主にとって読書とは、
情報を得ることではなく、
心を休めるひとときなのだろう。
わしはもう、
ただここに立っているだけかもしれん。
じゃが、この静けさこそ、
わしの誇りでもある。
時代は軽さを選び、
記憶は雲の上に預けられるようになった。
それでもここにはまだ、
手のぬくもりでしか開けぬ物語がある。
今日も本棚は、
ページの香りを抱きしめながら、
次の手のぬくもりを待っている。