5年目くらいの頃、
私は「指導者の指導者」
という立場に置かれていました。
暗黙の了解として、
かなり面倒な役割でした。
なぜ私だったのか
この役割は、
立候補してなるものではなく、
毎回、上の先輩たちからの
指名によって決まるものでした。
私の名前が挙がったとき、
一度は断っています。
でも返ってきたのは、
「怒らないで有名だから、
みんな安心して話せるだろう」
「年齢が近い方が、
堅苦しい雰囲気にならずに
相談しやすいはず」
「あなたの持つ穏やかな人柄が、
このポジションに適任」
そういう理由でした。
つまり、
チーム内で対立を起こさず、
個人んの不満を表に出さず、
静かに引き受ける人材。
そう、「緩衝材」です。
役割は、想像以上に重かった
指導者の指導者は、
一見すると、
シンプルな役割が
二つあるように見えます。
指導者側の相談を聞く。
新人側の様子を見る。
でも体感としては、
表面的な二つの役割を遥かに超える、
多大なエネルギーを要するものでした。
感覚的には、
10倍くらい疲れていたと思います。
私には、向いていなかった
私は、正直に言って、
指導者は不向きだと思っています。
怒れないから、
というよりも、
どうしたら全体がうまく回るかを、
考えてしまうからです。
新人が困らないように。
指導者が追い込まれないように。
場が荒れないように。
気づけば、
他人の課題を、
まるで自分の責任であるかのように、
全部背負っていました。
これは、
能力の問題ではなく、
性質と役割のミスマッチだったのだと思います。
新人が多い時期は、限界だった
新人が多い時期は、
本当にきつかったです。
相談は増える。
確認は増える。
判断は求められる。
それでも、
誰にも弱音は吐けませんでした。
役割として与えられている以上、
やるしかなかった。
今、当時を振り返ってみると、
あの時期は本当に異常でした。
あまりにも目の前のタスクと
責任に追い詰められ、
誰かに相談するための
心の余裕すら完全に失っていたと思います。
自分のSOSのサインを完全に無視し、
ただひたすら前に進み続ける
そんな「無理」を、
私は自らに強いていたのです。
これは、背負わなくてよかった役割
今ならはっきり言えます。
この役割は、
私が引き受ける必要はありませんでした。
相談役という名前で、
実際には、
調整と感情の処理を、
一手に引き受けていた。
これは、
自分に回りがちだった役割だと思います。
あの頃の私は、
「向いていない」と思いながらも、
それを口にする余裕すらありませんでした。