この話は、
大きな期待と一緒に迎えられ、
静かに出番を失っていった存在のぼやきです。
始まりは、とても前向きでした。
ランニングシューズのぼやき「アスファルトより、靴箱の木目の方が詳しくなりました」
わたしがこの家に来たのは、
新年のセールの日でした。
店先で試着され、
鏡の前で何度も足踏みをされて、
「今年はこれで毎日走るぞ」と、
少し照れたように言われました。
そのときの空気は、
本気だったと思います。
箱に戻され、
大事そうに抱えられて、
楽しげに家まで連れてこられました。
最初の一週間は、
毎日出番がありました。
慣れない走り方で、
息が上がりながらも、
少しずつ時間が延びていくのが、
わたしにもわかりました。
アスファルトの感触は、
思っていたよりも硬く、
でも、ちゃんと役に立てていると、
感じられる時間でした。
ところが、
ある雨の日を境に、
状況は変わります。
「今日はやめておこう」
その一言で、
玄関に出ることはなくなりました。
最初は、
出番が多い証拠として、
玄関のタイルを眺めていました。
けれど、
いつの間にか、
靴箱の中が定位置になりました。
今では、
お隣の長靴と、
出番について語り合う日々です。
「今日は呼ばれた?」
「いや、天気がいいからね」
そんな会話をしながら、
扉が開く音を、
静かに聞いています。
正直に言えば、
わたしは走るだけが仕事ではありません。
ウォーキングだって、
きっと役に立てると思うのですが、
その話題が出ることは、
あまりありません。
それでも、
あのとき語られた夢が、
嘘だったとは思っていません。
ただ、
少し置かれたままになっているだけです。
今日もランニングシューズは、
靴箱で長靴と並びながら、
いつか日の目を見る日を待っている。