まだ何も起きていないのに、
なぜかもう疲れている。
共感体質の私は、
現実より一歩先の世界で、
ずっとスタンバイしているような状態でした。
誰かが困らないように。
場が荒れないように。
空気が悪くならないように。
起きる前から、
頭の中では対応シミュレーションが始まっている。
でも最近、その状態自体が、
自分をかなり消耗させていたことに気づきました。
共感体質の脳は「未然防止モード」に入りやすい
共感体質は、
「起きてから考える」より
「起きないように考える」方が
先に立ち上がる傾向があります。
トラブルを未然に防ぐこと自体は、
悪いことではありません。
むしろ、社会では評価されやすい振る舞いです。
ただ、共感体質の場合、
この「未然防止」が過剰に作動しやすい。
- 相手はどう感じるだろうか
- この言い方で大丈夫だろうか
- あとで問題にならないだろうか
実際には起きていない出来事を、
何通りも想定して、
解釈をどんどん積み上げていく。
その結果、
脳の作業机は、
仮想トラブルで埋まってしまいます。
「先回り=誠実」という思い込み
私は長い間、
先回りすることは誠実さだと思っていました。
気が利く。
責任感がある。
大人の対応。
そう振る舞える自分でいたかったし、
そうあるべきだとも思っていた。
でも、振り返ってみると、
実際には起きなかった問題も、かなり多い。
起きたとしても、
振り返れば、
あとから十分間に合ったものが、ほとんどでした。
それでも先回りをやめられなかった理由は、
たぶん単純で。
自分が疲れることより、
場が乱れないことを優先してきたのだと思います。
「起きてから対処する」は、放置ではない
先回りをやめる、というと、
何もしないことのように聞こえるかもしれません。
でも、私がやめたのは「対応」ではなく、
対応するタイミングです。
事前に全部処理しようとするのをやめて、
起きてから対処する。
それだけで、
脳の作業机に載せる情報は、
驚くほど減りました。
- Aさんが不機嫌だった
- Bの連絡が遅れた
- 会議が長引いた
実際に起きた事実だけを、
その都度、机に載せればいい。
起きていない仮定は、
そもそも載せなくていい。
先回りをやめてみて起きた変化
一番大きかったのは、
頭の中の「常時スタンバイ感」が減ったことでした。
何も起きていない時間が、
ちゃんと「何も起きていない時間」として、
残るようになった。
そして、実際に何かが起きたときも、
以前より落ち着いて対処できています。
「来たな」
「じゃあ、ここから考えよう」
そんなふうに、
必要なときにだけエンジンをかけられる。
対処の質が下がったわけではありません。
減ったのは、
消耗だけでした。
おわりに:調整とは、全部を抱えることではない
共感体質には、
先を読んで整えられる性能があります。
でも、
それを常時フル稼働させる必要はありません。
使うこともできるし、
使わない選択もできる。
期待の先回りをやめることは、
冷たさではなく、
自分のエネルギーを守る判断です。
調整とは、
全部を抱えることではなく、
必要なときに、
手を伸ばせる余白を残すことなのかもしれません。
次回予告
次回は、
調整をやめて、余白が生まれたあと。
必要だったのは、
意図的に「何も入れない日」をつくることでした。