「やさしくあること」に必死だった頃から、
少しずつ「やさしく生きる」に変わってきた気がします。
まだ途中。うまくできない日も多いけれど、
それでも今日も、やさしさの形を更新中。
やさしさの形、更新中。
誰かを優先するのが「やさしさ」だと思っていた
昔の私は、相手の気持ちを察して、先回りして、負担を減らすことが「やさしさ」だと思っていました。それができると安心できたし、少し誇らしくもありました。
でもそのやさしさは、いつも自分の我慢の上に成り立っていたのだと、今は思います。
自分を守ることも、ちゃんとやさしさ
気づけば、笑顔の裏でぐったり。
「また無理してしまった」
「言いたいこと、言えなかった」
——帰り道でひとり反省会。
あのとき少し距離を取れたら、あの場で「それはできません」と言えたら。
頭ではわかっているのに、体が勝手に“いい人モード”に入ってしまう。
もう、空気を読むのが呼吸みたいになってるんです。
“感じる力”を、自分のためにも
それでも最近は、少しずつ観察できるようになってきました。
「あ、また仮面つけたな」と気づけるだけでも、前よりずっとまし。
気づくたびに、心の中で小さく“やり直しボタン”を押しています。
自分を守ることもやさしさ。
やさしさを誰かに向けるだけじゃなくて、自分にも向けていく。
それが今の、私の練習課題です。
あとがき
これで第一章終了です。
「共感体質だから疲れる」だけじゃなく、
「共感体質だからこそ、変わっていける」。
そんな小さな希望を胸に、
共感体質ですが、今日も生きています。
ーー完。

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