10年以上前の話なのに、
なぜか定期的に
同期の間で掘り起こされる人物がいます。
私がすっかり忘れた頃に、
必ず誰かが言います。
「つむぎって、
苦手なタイプにやたらと好かれるよね」
そうして、
あの後輩の話が始まります。
いまだに語り継がれる、
伝説の後輩です。
すでに始まっていた、たらい回し
私が直接関わる前から、
彼女はすでに“伝説への助走”を始めていました。
指導者が、一人、また一人と変わっていきます。
理由は単純でした。
注意すると泣く。
新人には一日の振り返り時間があるのですが、
その時間は、
だいたい泣いていた記憶しかありません。
できなくて悔しい、という涙でも、
反省している、という涙でもありませんでした。
何を聞いても泣く。
理由を一緒に考えようとしても泣く。
できたことを聞いても泣く。
もはや、
泣かない質問が存在しない状態でした。
「怒らない人」のところに集まる構造
二人目の指導者が離れ、
三人目として回ってきたのが、私でした。
理由は明確で、
私は「怒らない」で有名だったからです。
でもそれは、
優しいからでも、
面倒見がいいからでもありません。
単純に、
怒ることほど疲れるものはないと思っていましたし、
好きでもない相手に、
そこまでの情熱を持てないだけでした。
結果として私は、
感情を荒立てない人=安全地帯
として扱われていたのだと思います。
指導が成立しない、という現実
案の定、
彼女は本当に仕事を覚えませんでした。
理論的に説明しても泣く。
間違えた理由を聞いても泣く。
何がわからないかを聞いても泣く。
第三者が見ても、
「これは覚えられていないな」とわかるほど、
学習が積み上がっていませんでした。
どうしたらいいのか分からなすぎて、
正直、ハゲそうになりました。
私が最終的にやったこと
いろいろ試した末に、
私は判断しました。
これは無理だ。
諦めた、というより、
撤退した、という感覚に近いです。
淡々と指示だけを出す。
覚えられるのは二つくらいなので、
その都度、具体的に伝える。
なぜか自信満々に振る舞う姿に、
多少イラつくこともありましたが、
そこは無視しました。
先回り回収もしましたが、
それも正直、かなり疲れました。
今振り返ると、
あの場面で私にできた対応は、
「どう教えるか」ではなく、
「これ以上引き受けないと決めること」
それだけだったと思います。
正解は、結局わからない
上司には、
この子は向いていないと思う、と
はっきり伝えました。
でも返ってきたのは、
「人員不足だから、
出勤してくれるだけありがたい」
という言葉でした。
その瞬間、
教育としての正解は消えました。
残ったのは、
現場が回ることだけでした。
今でも同期と話すと、
必ずこの話になります。
そして毎回、
同じ結論に落ち着きます。
「結局、
あの子には何が正解だったかわからないね」
たぶん本当に、
正解はなかったのだと思います。
なぜ「伝説」になったのか
彼女が特別だったというより、
構造が揃いすぎていました。
- 泣くことで場が止まる
- 泣くと指導が中断される
- 怒らない人に集まる
- 感情処理役が固定される
その結果、
伝説は自然発生します。
今なら、
もっと早く線を引けると思います。
でも当時の私は、
ちゃんと疲れていました。
だから今、
この話を笑ってできています。
それが、
私にとっての攻略記録です。
感情から境界線を越えてくるケースだけでなく、
「正しさ」という形で、
静かに侵入してくることもあります。
#45 正しさは、境界線を越えてくる