#61 会話にエネルギーを使いすぎない

共感体質シリーズ第2章のアイキャッチ画像

沈黙が気まずい、という感覚が
私はあまりありません。


無音は回復になる

ひとりで過ごす無音の時間は、
私にとっては回復になります。

情報が入ってこない。
処理しなくていい。
誰かの感情も、空気の揺れも、
何も入ってこない。

無音は、
情報過多にならない状態です。

だから、疲れにくい。

同じ空間の沈黙は、別もの

ただ、
誰かと同じ空間にいる沈黙は、
少し種類が違います。

それは回復ではありません。

でも、
気まずいとも思わない。

無理に埋めなくていい。
話題を探さなくていい。

沈黙は「空白」ではなく、
ただ、そこにある時間です。

でも、雑談はできる

だからといって、
会話が苦手なわけではありません。

雑談は、人並みにできます。

天気。
最近のニュース。
その場の小さな出来事。

当たり障りのない話題を、
それなりに転がすことはできます。

沈黙が苦手な人もいる

沈黙に不安を感じる人がいることも、
理解しています。

そわそわしたり、
話題を無理に探し始めたり。

その気配を感じたら、
軽く話題を出します。

それはやさしさというより、
余計な波を立てないための、
小さな設計です。

配分の問題

私は、
会話にエネルギーを使いすぎないようにしています。

全部に本気で応じない。
全部に温度を合わせない。

話すときは話す。
話さないときは、話さない。

沈黙は敵ではありません。

会話も、沈黙も、
私のエネルギー配分の一部です。

それもまた、
私の微調整のひとつです。