#49 名もなき役割 | 小さな「私がやれば丸く収まる」が積み重なる恐怖

共感体質シリーズ第2章のアイキャッチ画像

新人の頃なぜか、
伝達係や飲み会企画係を
任されることがありました。

特別に優秀だったわけでも、
発言力があったわけでもありません。

ただ、
なぜか頼まれやすかった。


上下関係と、派閥のある職場での伝達係

当時の職場は、
上下関係が非常に厳格で、
部署内にはいくつかの派閥に分かれた
特有の緊張感が漂っていました。

新人の目から見ても、
誰がどのグループに属し、
誰と誰の折り合いが悪いのかが
空気感として伝わってくる
そんな環境だったのです。

そのような状況下では、
「直接言いにくいこと」を
誰かに仲介して伝えてほしいという場面が
頻繁に発生しました。

今のように
LINEなどのSNSが普及する前だったため、
直接その場まで足を運び、
対面で言葉を届ける必要がありました。

こうした「伝達係」の役割を、
新人の私が自然と担うことになったのです。

意外なことに、
当時の私はこの状況に対して
大きな苦痛や困惑を感じていた記憶はありません。

異なる派閥の間で板挟みになり、
精神的に追い詰められるといった感覚も
皆無でした。

むしろ、
それが新人の仕事の範疇であるかのように
「そういうものなのかな」と、
ある種淡々と受け止めていたのです。

今振り返れば、それは単に私が
「機能として扱いやすかった」からに過ぎません。

反論せず、話を静かに聞き、
周囲に波風を立てない性質が、
組織にとって都合の良い
緩衝材として機能していたのです。

飲み会企画係で大変だったのは、企画そのものではない

正直に言うと、
企画やスケジューリング自体は、
そこまで苦ではありませんでした。

参加者の希望を汲み取りながら日程を調整し、
予算に合わせた場所を押さえ、
当日は円滑な進行を取り仕切る。

バラバラな要素を
パズルのように組み合わせていく作業は、
自分の性に合っていたのだと思います。

当時から、
わりと得意な自覚がありました。

しかし、この役割において
本当に神経をすり減らしたのは、
そうした目に見えるタスクではありませんでした。

心底大変だったのは、
複雑に絡み合った「派閥」の境界線を越えて、
すべてに顔を出し続けなければならない
その一点にあります。

特定の誰かやグループに
肩入れしていると思われないように。

どこからも不満が出ず、
誰の角も立たないように。

常に全方位に対して、
細心の注意と気配りを欠かさないこと。

自分の立ち振る舞い一つで、
職場の微妙なパワーバランスを崩しかねない
そんな無言の圧力を感じていました。

今振り返ると、
飲み会そのものを楽しむ余裕はなく、
むしろ開催に至るまでの
人間関係の「調整」こそが、
最も気力と体力を消耗する
本質的な業務になっていたのだと記憶しています。

なぜ私だったのか

なぜ、新人の私が
これらの役割に選ばれていたのか。
その理由は、
今振り返れば残酷なほどに単純でした。

それは、私が組織の中で
「機能として扱いやすかった」からです。

  • 反論せず、相手の話を静かに聞く姿勢
  • 周囲に波風を立てず、角を立てない性質
  • 誰からも頼みやすく、断らなそうな空気感

これらの特性は、
共感体質ゆえの「自動同調モード」や
「相手を優先する癖」の表れでもありました。 

派閥争いの絶えない職場において、
私は組織にとって都合の良い「緩衝材」として、
無意識のうちに
配置されていたのだと思います。

これも、小さな役割のひとつ

当時は、これらを
特別な役割だとは認識していませんでした。

「頼まれたからやる」
「自分ができることだからやる」
という、ごく当たり前の
業務の延長線上にある感覚でした。

 しかし、
一つひとつは断るほどでもない
小さな役割であっても、
それらがノーメンテナンスで積み重なっていくと、
いつの間にか自分自身を摩耗させ、
身動きが取れなくなるほどの
重荷に変わってしまいます。

「これくらいなら、私がやれば丸く収まる」
という小さな引き受けの段階で、
一度立ち止まること。 

自分の内側のささいな違和感をキャッチし、
その役割を本当に私が担う必要があるのかを
小さなうちに選び直すことが、
自分自身を大きな摩耗から守るための、
最初の「攻略法」になるのです。