共感体質の私は、
気づくと勝手に分析を始めています。
「なんでそんな動きするんだろう?」
「非効率すぎない?」
「また地雷踏みに行ってない?」
私が気にする必要のないところまで、
脳が勝手にレビューし始める。
でも最近、ようやくわかってきました。
私が疲れている理由のひとつは、
「目の前の事実」じゃなく、
「脳内の分析グセ」で
勝手に消耗していたからなんだな、と。
分析グセは「性格」じゃなく、脳の自動運転
最近は、自分の構造を
だいぶ理解できるようになってきました。
それでも、
日常ではまだまだ自動運転が発動します。
私の脳は、情報を受け取った瞬間に、
- 相手の意図を推測する
- 次に起きることを予測する
- 「こうするべき」を脳内で組み立てる
これを、ほぼ無意識でやっています。
たぶんこれ、
私の脳内警備システム(=安全装置)が、
「先に把握しておけば安全」だと
そう考えてるんだと思う。
でも――
先回りして安全になるどころか、
私が先に削れていく。
これが問題でした。
行動ログって何?:分析をやめて「事実」だけを書く練習
ここで最近、私が練習しているのが
「行動ログ」です。
やることはシンプル。
分析を止めて、事実だけをメモする。
たとえば、脳内でこう始まったとき。
- 「なんでこんな行動するんだろう?」
- 「またややこしくなりそう」
- 「ああ、もうイラつく」
そこで一旦、合図を出します。
「今、分析モード入った。行動ログに切り替え。」
そして、頭の中の文章をこう変換します。
- (分析)「非効率的すぎる」
→(行動ログ)「◯◯が未処理」 - (分析)「また地雷踏みに行ってる」
→(行動ログ)「手順が飛んでいる」 - (分析)「何でいつも距離が近いの?」
→(行動ログ)「距離が近い」
ポイントは、
“相手を裁かない”こと。
“物語を作らない”こと。
ただ、事実だけ。
それだけで、
脳の熱量が少し下がります。
なぜ効くの?:脳の作業机から「レビュー案件」を下ろせる
行動ログが効く理由は、たぶんこれです。
分析って、脳の作業机の上で
- 仮説を立てて
- 相手の心理を推測して
- 未来を予測して
- 対処法まで勝手に組み立てる
という、フルコースを回し始める。
でもそれって、
「いま目の前で起きていること」
それ以上の仕事なんですよね。
しかも、私ひとりで勝手に。
行動ログにすると、
脳の作業机から「レビュー案件」がスッと下りて、
“今やること”だけが残る感じがします。
実践:分析が始まった瞬間にやる3ステップ
私がやっている流れは、だいたいこれです。
- 気づく:「今、分析してる」
- 止める:「行動ログに切り替え」
- 書き換える:事実だけの短文に変換する
慣れるまでは、脳内でやるだけでOK。
余裕がある日は、
スマホのメモに一言だけ残してもいい。
大事なのは、うまくやることより、
「切り替える回数」を増やすことだと思っています。
追加のコツ:物理距離を「急に変えない」
これは、最近の自分で気づいたことです。
「気になるから、見ないようにする」と、
いったん遮断できたように見えても、
次に視界に入った瞬間、
情報が一気に流れ込んで、
逆に脳が暴走しやすいことがあります。
たとえば、
上司の地雷を踏みがちな同僚を視界から外すために、
普段は開けっぱなしのドアを閉めたとします。
何かの確認のためにドアを開けた瞬間に、
仕事の進行度合いや溜まっているタスクを
一気に見つけてしまい、
残りの就業時間や今後の進行など
一瞬でフル計算してしまいます。
同じチームとはいえ、他人の仕事なのに。
だから私は今、
距離を“ゼロか100”で切らない練習もしています。
- 少しだけ視線だけ外す
(全く見ない、ではなく“追わない”) - 一歩下がる
(自分の境界線を作る) - 視界に入ってきたら行動ログ
(分析禁止)
遮断しようとするほど、
自分の脳内警備システムが「危険!」と反応して、
むしろ監視を強める感じがあります。
だから、
「入ってきてもいい。その代わり行動ログにする」
この方が、私には合っていました。
まとめ:分析グセをやめると、心が静かになる
分析グセは、すぐには消えません。
たぶん私は、
これからも勝手に分析をし始めます。
でも、
分析し始めた瞬間に、
行動ログへ切り替えられるなら、
脳の暴走はだいぶ減らせます。
分析より先に、事実だけを置く。
脳の作業机を、勝手に散らかさない。
それは、冷たさじゃなくて、
自分を削らずに生きるための、
静かな技術だと思っています。
次回予告
次は“境界線”の話です。
相手の機嫌や空気を、天気みたいに眺める。
自分の内側に入れないための
フィルターの貼り方を書いていきます。