充電ケーブルのぼやき|つながっている時だけが、わたしの命です。

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この話は、
いつも足元にあって、
気づかれにくい存在のぼやきです。

差し込まれているあいだだけ、
役目がはっきりする距離感から、
静かに語られます。

充電ケーブルのぼやき「つながっている時だけが、わたしの命です」

わたしは、
だいたい床にいます。

きれいにまとめられている時間は、
あまりありません。
ねじれたり、絡まったり、
気づけば、適当な形で放置されています。

それでも、
呼ばれる瞬間は、ちゃんとわかります。

スマホやタブレットが、
少しだけ元気をなくした顔をして、
こちらに近づいてくるときです。

差し込まれた瞬間、
静かに、仕事が始まります。

画面が明るくなり、
安心したような表示が出ると、
わたしの中を、電気が流れはじめます。

そのあいだ、
扱いが丁寧になるわけではありません。

つながれたまま、
引っ張られたり、
角度を変えられたり、
片手で雑に持ち上げられたりもします。

無言で抜かれることも、
だいぶ慣れました。

でも、
つながっている時間そのものは、
嫌いではありません。

夜、
画面が暗くなって、
部屋が静かになる頃。

触れられることは減りますが、
わたしの役目は、
いちばんはっきりしています。

命のようなものが、
こちらから、向こうへ流れていく。

満ちていく数字を、
わたしは、少し離れたところから見ています。

そして、
満充電になった瞬間。

役目を終えた安心と、
用がなくなった気配が、
同時にやってきます。

そっと外されて、
また、床に戻される。

それが、
わたしの日常です。

今日も充電ケーブルは、
床に放置されながら、
またつながる時間を待っている。